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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
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  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2010年8月の投稿

2010年8月22日 (日)

スポーツとしての囲碁の国際化とドーピング検査。

○ マインド・スポーツとして定着しつつある世界の囲碁界の流れに、日本
 だけ手を拱いているわけにはいきません。この4月には(財)日本棋院・
(財)関西棋院・(財)日本ペア碁協会が新団体「全日本囲碁連合」を設立
 して、JOC(日本オリンピック委員会)に加盟申請し、加盟団体の承認を
 受けました。

● これで種目として囲碁のある国際スポーツ大会に参加する国内的
 地ならし(整備)はできたわけです。先日、11月のアジア大会にむけて
 出場予定の有力選手に対する体力測定が行なわれ、囲碁の女性棋士
 も参加し体力測定のほかに尿検査も受けたそうです。

○ どんなスポーツ競技であれ、精神面の集中が大切なことは言を俟ち
 ません。囲碁でも、先の手を読むために精神・神経を集中させるべく
 薬物に依存する人が現れる可能性は否定できません。試合後冷たい
 検査員の目を気にし乍、採尿検査を受けなければならない。そういう
 国際化された時代が到来したのだと割り切らざるを得ません。

                                                                                    おわり

・                                         ・

2010年8月 8日 (日)

今年も8月8日、故村山聖九段十三回忌。

Photo_2

「将棋世界」1998年(平成10年)10月号(特別追悼号) さようなら、村山聖九段。

 8月8日、午後零時11分、進行性膀胱癌のため村山聖九段が広島市民病院に於て死去した。わずか29年の、あまりにも苛酷で鮮烈な生涯を、村山は風のように全力で駆け抜けた。

 将棋界の天才集団をすべてまとめて、ごぼう抜きできるとしたら、村山の他にいないと多くの棋士は思っていた。「終盤は村山に聞け」といわれる定評の終盤力と洗練された序盤の構想力は多くの棋士の心胆を寒からしめた。ただし、いつも彼自身の体調との戦いでもあった。
                              (P.147、P.155より)

・                                                  ・

(補記) 村山の師匠 森信雄七段のブログへ十三回忌になることのコメントをいれましたら、 ご丁重なお返事(コメント)を頂きました。

                                                   ・

今川 弥吉様
 早いもので十三年目を迎えました。夏を迎えると、村山聖が浮んできて、自分の非力さを感じて青空が悲しい空に見えます。
 そして「何やっているのですか?」と言われないように生きなければと思います・・
                  by モリノブ (2010-08-09  07:31) 

・・                                              ・・

2010年8月 6日 (金)

マイフォト≪聖の青春≫≪因島紀行≫アップ

 昨日から、ビジュアル・ツイートしてきた写真をココログにアップすべく、悪戦苦闘・試行錯誤を繰り返し、やっと ≪聖の青春≫と≪因島紀行≫ をアップできた。70歳代の頭の固さを思い知った。兎にも角にも、左のサイドバー「マイフォト」をご覧あれ。(これから、写真を追加していくつもり)

・・                                                ・・

2010年8月 1日 (日)

未明の蜩(ひぐらし)

○ 今日より8月。きのうまで聞かなかった蜩(ひぐらし)の鳴き声を
 未明に聞いた。一匹だけだったが、ほんの数分間で鳴き止んだ。
 時期的にも早すぎるし、日暮れ時に鳴くものだという先入観がある
 ので、慌てん坊が出てくる時期を間違えたのかと思っていた。
 蝉の鳴き声は直ぐにクマ蝉の鳴き声に取って代わった。

● 蜩が未明にも鳴くことは、偶々東広島市のSさんのブログで知った。
 7月28日付けの「ヒグラシの森」と題するブログで、早朝(5時前)に
 近くの山へ、ヒグラシの鳴き声の鑑賞と 録音をしに行ったことを書か
  れている。そして美声に囲まれた幸せをも・・・。

○ 小泉八雲(ラフガディオ・ハーン)は彼の著書の中で、「・・・多数の
 蝉はその樂を燃える日盛にだけ奏して、雨雲が日をかぎらふ折に
 にさへ中止するのに、これは未明と日没にだけ歌ふ特別な 黄昏の
 楽師である。・・・・」 とヒグラシを讃えている。

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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