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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
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  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2010年10月の投稿

2010年10月29日 (金)

憂いの表情をみせる聖。村山聖ファン必見!

 写真は、京都・詩仙堂にて・19才(五段)のとき。

  師匠モリノブさんによると、この写真の表情は 聖が闘病のときに時々見せていた表情である  とのことです。

 また師匠は、「病気でなければ 村山さんはもっと勝っていましたよね?」 こう聞かれることがあるが、私は、(村山は)病気を抱えていたから ここまで強くなったと思う・・・もちろん こういうことは神のみぞ知ることなのだろう。・・・とブログで述べておられます。

 heart04アルバムの表紙に、もっと大きな写真が出ているので覗いて下さいheart04

Photo

←左欄一番上の小さな人物写真をクリックheart02 アルバムが開きます

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2010年10月27日 (水)

失せ物(うせもの)見付かれり! 大刀二本! 大仏の膝下に!

○  756年に歿された第45代聖武天皇の遺品六百余点を光明皇后は東大寺大仏に献納された。その際の目録「国家珍宝帳」に記載され、その後「除物」という付箋が付され所在不明となっていた二本の大刀が見付かった。

Img033 ○  何と、それは大仏様の右膝下に埋納されていたのだった。

○  1907~8年(明治40~41年)大仏殿改修の際、蓮華座の近辺で見付かった二本の大刀をエックス線調査をした結果それと判ったのだそうだ。

○  100余年前に見付かった大刀などの埋納品は、従来大仏の地鎮具だと考えられていた。

○  しかし、此度の発見によって、地鎮具ではないことが明白となった。

○  何故かといえば、大仏開眼法要は752年に済んでおり、大刀は756年に東大寺に献納された後、光明皇后崩御の前年759年に持ち出されているからだ。

○  単なる地鎮具ではなく、そこには聡明で慈悲深く広い心を持ち先帝をこよなく愛された光明皇后の大きな意思が感ぜられる。

○  正倉院展に足を運ぶ度に思うのは、光明皇后の存在が如何に大きかったかということと、1250年前の人ではなく息遣いの聞える身近かな存在として親しみを感じることである。

   

2010年10月23日 (土)

坂田栄男二十三世本因坊逝去。

 変幻の棋士 故山部俊郎は、昭和38年に本因坊・名人を制した坂田の

まりの強さにあきれ返り、中村草田男の名句「 降る雪や 明治は遠く

なりにけり 」をもじり、曰、「 坂田は遠くなりにけり 」と表現した。

 その時、坂田42歳。そのカミソリ坂田も遂に逝く。90歳だった。 瞑目。

2010年10月19日 (火)

≪写真≫ 村山聖九段の思い出深いJR環状線福島駅界隈。

Photo_2

     JR環状線福島駅のホームからみた夜景(関西将棋会館方面)         

            (故村山聖九段の師匠モリノブさん(愛称)の10月18日付け ブログより)

○  弥吉より→モリノブさんへのコメント

  JR福島駅の写真(上掲)を見て思い出したのですが、「以前撮った福島界隈の写真が見付らない」 と 7月頃のブログで こぼしていらっしゃいました。

 偶々、「将棋世界」1999年(平成11年)2月号を見ておりましたら、連載の写真記事 “風景85 大淀と福島界隈を歩く 文と写真 六段 森 信雄”を見付けました。6ページに及ぶ味わいのある記事の中に写真が8枚アップされていました。

 もしかしたら、見付らないフィルムというのは この折に沢山撮られたものではないでしょうか。村山聖九段没後まだ半年も経っていない頃のことなのでが....。

 by 今川弥吉(2010-10-18  13:51)

○  モリノブさんからのコメント

今川弥吉様

 福島界隈のその頃の写真は覚えています。今もそうですが、村山君と暮らした思い出の懐かしさが根底にあります。

 見当たらないのは、村山君が昇段したときに、福島界隈に連れて行って撮った写真です。また探してみます。何となく忘れかけてしまうので、コメントで思い出させていただきました。ありがとうございます。

 by モリノブ(2010-10-19  05:47)

 

2010年10月16日 (土)

正倉院展を観に行こう!

○  今年も正倉院展の季節を迎えました。第62回正倉院展は10月23日

から11月11日まで奈良国立博物館で開催されます。今年は平城京遷

1300年、宝物を寄進された光明皇后没後1250年の記念の年にあたり、

会期は例年より3日長い20日間です。

○  昨年は所蔵の碁盤三面のうち、「桑木木画棊局」が出展されその素

しさに酔いました。今年は楽器「螺鈿紫檀五絃琵琶」が19年ぶりに出品

れます。この五弦琵琶は現在世界で唯一残っているもので工芸・美術的

価値が高く、現在の技術では作れないほどの巧緻なものです。

○  この機を逃せば、もう生きているうちには観られない?宝物ですから、

今年は是非奈良へ足を運んで欲しいものです。私事乍、小生、28日頃に

天平文化の粋に浸って来ようと思っています。                                                                           弥吉  heart04

Biwa1 表面

 弦を張った表面にはラクダの上で

四弦琵琶を弾く人や、熱帯の木、鳥、

花文が螺鈿、タイマイの甲羅、琥珀

などを用い、描かれています。

Gogenbiwa

                      

                                 

                       

                     

                    

                    

                 

                 背面

 

  背面一面に散らされた唐花

文の華さが眼を惹きます。

艶やな光を放螺鈿の花、

芯の部分には裏面からを施

した琥珀が埋め込まれていま

す。

 このように精緻な工芸技法

は、当時(700年代)の日本の

職人は持ち合わせておらず

からの伝来品であろうと思わ

れます。

 

2010年10月14日 (木)

四段に昇段しプロ棋士としての自信の表情をみせる聖。

マイフォト≪聖の青春≫のアルバム表紙(写真)を更新しました。18才。於・京都(初詣)

前年11月に四段に昇段し、プロ棋士としてスタートしました。

18

左欄一番上の人物写真をクリックheart02   アルバムが開きます。happy01

2010年10月 6日 (水)

笑顔から一転、唇を引き締めた表情。意思の強さを感じさせる聖。

マイフォト≪聖の青春≫のアルバム表紙(写真)を更新しました。森師匠が「将棋世界」の

依頼で、聖を大阪城公園へ連れ出し撮影された中の一枚です。

Photo_2

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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