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     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
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2010年10月23日 (土)

坂田栄男二十三世本因坊逝去。

 変幻の棋士 故山部俊郎は、昭和38年に本因坊・名人を制した坂田の

まりの強さにあきれ返り、中村草田男の名句「 降る雪や 明治は遠く

なりにけり 」をもじり、曰、「 坂田は遠くなりにけり 」と表現した。

 その時、坂田42歳。そのカミソリ坂田も遂に逝く。90歳だった。 瞑目。

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