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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
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  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2011年1月の投稿

2011年1月29日 (土)

故村山 聖九段・幼少時代 (その2)

写真は、まだ発病する前の ほんの僅かな幸せな幼少時代の一葉。

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〇聖は昭和44年6月15日に誕生した。

聖という名前は父(伸一)が「聖徳太子」から一字を採ってつけた。

〇幼少時の聖について、母(トミ子)は、

「赤ちゃんの頃は本当に手のかからない子でした」

「物語が好きで いつも寝る前に聞かせてやりました。

“りゅうのめになみだとかごんぎつね”とか。私が泣いてしまうもんで聖も一緒になって泣いていました。」

「人見知りもしないし、悪戯もしないし、小さな子を可愛がって本当に優しい子でした。」

「子どもの頃から 何かに夢中になる子でした。」..と語っている。

                                  「将棋世界」’99年3月号 村山 聖の想い出 より抄出。

              

2011年1月24日 (月)

故村山 聖九段・幼少時代 (その1)

 弁慶号で遊ぶ?ようやく歩けるようになった頃の写真。

まさに純真無垢。聖は29歳の生涯を終えるまで純粋無垢だった。

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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