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2011年1月29日 (土)

故村山 聖九段・幼少時代 (その2)

写真は、まだ発病する前の ほんの僅かな幸せな幼少時代の一葉。

Photo

〇聖は昭和44年6月15日に誕生した。

聖という名前は父(伸一)が「聖徳太子」から一字を採ってつけた。

〇幼少時の聖について、母(トミ子)は、

「赤ちゃんの頃は本当に手のかからない子でした」

「物語が好きで いつも寝る前に聞かせてやりました。

“りゅうのめになみだとかごんぎつね”とか。私が泣いてしまうもんで聖も一緒になって泣いていました。」

「人見知りもしないし、悪戯もしないし、小さな子を可愛がって本当に優しい子でした。」

「子どもの頃から 何かに夢中になる子でした。」..と語っている。

                                  「将棋世界」’99年3月号 村山 聖の想い出 より抄出。

              

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故村山聖九段」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
お知らせありがとうございました。

目元や口元に、お子さんらしい恥じらいと同時に
意思の強さがほんのりにじみ出ているように思います。

お母様のお話から
やはり、繊細で純粋な精神を持って
この世に誕生なさった方なんだなと改めて感じました。

つくづく・・・更科食堂で
村山さんのお話をうかがいながら
一緒にお食事が出来たら・・・夢のようなことを思ってしまいます。

ありがとうございました。

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