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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
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  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2011年2月の投稿

2011年2月22日 (火)

サングラスをかけてご機嫌の聖。

Photo

○ 写真嫌いの村山 聖を撮るのに森師匠はかなり苦労されたらしい。

 この写真もサングラス姿が珍しいので急いで撮られた由にて、ピンボケ気味。

○ 撮影日時は不詳であるが、以下の遣り取りから かなり高段位になってからのものと思われる。

  森 師匠 「何で サングラスなんか掛けるや?」

  村山 聖 「はあ、街を歩くときに 目立たないようにした

        い ので...」

  森 師匠 「村山君がサングラス掛けたら、余計 目立つ ぞ」

この師匠にしてこの弟子あり、何だか掛け合い漫才のようである。

                                        おわり

2011年2月11日 (金)

初冠雪の二上山

〇平成23年2月11日 建国記念日( 旧紀元節 )

 太平洋岸を東漸する低気圧の影響で、昨夜半から雪が降り始めた。午過ぎには止んだが、今冬初めての積雪となった。積雪約10cm。

Photo

2011年2月10日 (木)

故村山 聖九段・幼少時代 (その3)

写真は無邪気に「アッカンベー」をする聖。しかし、この頃には病魔は確実に忍び寄っていた。                                                                                      

Photo○母トミ子の話。

「昭和49年6月、4歳の終わり頃のことです。激しい高熱と足の痺れを訴えましたので解熱剤を飲ませて寝かせました。近所のお医者さんの話では まあ風邪だろうということで、元気な子だったので 皆 油断していたんです。

風邪は一向によくならず、だんだん顔にむくみが出てきました。これは何かおかしいと思い、その時初めて広島市民病院へ連れて行ったのです。最初に熱を出した日から一ヶ月が過ぎていました。病院の先生に ネフローゼ と病名を初めて聞かされました。」

「その時先生に“お母さん、これは大変ですよ。大変な病気にさせちゃったですね ”と言われたのですが、その“させちゃった”という言葉が、それ以来ずーと頭から離れたことはありません。」

○最初の入院は、5歳になった翌月の7月から12月まで約5ヶ月間に及んだ。

そして、それ以来、ネフローゼが聖とその家族に長い長い苦難の道を歩ませることとなる。

                      母トミ子の話は、「将棋世界」’99年3月号 村山 聖の想い出 より抄出。

☆尚、今日(2月10日)は、この時より約8年ののちに聖が運命的な出会いをし、聖のその後の長い将棋人生に大きな影響を与え続けた聖の師匠森信雄七段59歳の誕生日なのです。モリノブさん おめでとう!  弥吉 拝

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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