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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
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  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2011年8月の投稿

2011年8月23日 (火)

村山聖と更科食堂 -その2-

〇村山聖は更科食堂によく通った。13歳で森信雄四段(当時)に弟子入りし、翌年師匠のアパート(市山ハイツ)に住み込み始めてからは、二人で毎日のように通い、店の人からは母親に逃げられた父子では?と思われていた。

〇その後、前田アパートで自立生活を始めてからも殆ど毎日のように利用した。聖のお気に入りは「焼き魚定食」だった。

〇下の写真は、聖の弟弟子である山崎隆之現七段が自分の修業時代を振り返って、更科食堂と 「焼き魚定食」を推奨している6年前(2005年)の新聞記事の切り抜き。(更科食堂の壁に貼ってある)

☆写真の上でクリック→拡大します。☆写真下の続きを読むもクリックheart04

Photo_2

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2011年8月19日 (金)

村山聖と更科食堂 ーその1ー                            (やっと、憧れの焼き魚定食を食べた!) 

○ノンフィクション「聖の青春」で有名になった更科食堂。
              写真の上でクリックすると、拡大される。2

    JR環状線福島駅のホームから見たなにわ筋。ホームの右下に更科食堂がある。

Photo_3 写真の中央にあるJR東海道本線ガードの 右寄り向う側に関西将棋会館(こげ茶色の ビル)が見える。

○全国の村山聖を愛するものにとって、この更科食堂は聖地とも云える。

○小生が福島駅界隈へ来たのは日曜日許りだったので、いつもこの食堂のあるOK1番街のシャッターは閉まっていた。

○8月17日(水)、午前11時45分 やっとこの店に入れた。 万歳!

 昼前だったが4~5組の客があった。4人掛けのテーブルが左側の壁際に4つ、中央に

 3つあり こじんまりした雰囲気のある店だった。

○早速、云わずと知れた“焼き魚定食”を注文。(焼きサバ大根おろし付、マグロの刺身、

 小鉢:しらあえ・コロッケ半分・ナスの煮浸し、みそ汁、ご飯、漬物 付で 680円。)

Photo_5

味などどうでも良い、これを食べたかったの だ。目の前に来た料理を、森師匠並みにカ メラに収めた。そして、夢にまで見た憧れ の“焼き魚定食”に箸をつけた。おいしかっ た。もう、これでいつ死んでも思い残すこと はない。(本当に?)
○正午を過ぎて次第に客が立て込んできたので雰囲気を楽しむゆとりもなく、 腰をあげ辞去。

ありがとう 更科さん。  弥吉 拝

なお、右欄(サイドバー)一番上にある マイフォト≪聖の青春≫クリックして、村山聖の写真アルバム も 是非ご覧下さい。

2011年8月 1日 (月)

PLの花火芸術

○毎年8月1日はPLの花火大会。思えば、35年前のこの日に太子町(大阪・南河内)に引っ越してきたのだ。

Pl 

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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