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2012年3月10日 (土)

東日本大震災から1年。

○ 東日本大震災から、明日で1年が経つ。世界的な金融危機、国内の財政難、政治の不安定、個人主義の行き過ぎ..など将来への閉塞感の漂う中で起こった大災害だった。

● 大災害から1年。過剰な個人情報保護の見直しの機運が出てきた。匿名化が進んだ日本の社会に、個人情報をオープンにして他者と緩やかに繋がっていくという機運が出てきたのだ。他人との「絆」を大切にしようという意識が強まってきた。学校の名簿から消えた電話番号の復活、自治会(町内会)名簿の復活なども検討されていけば良いのだが..。

○ 小生、ツイッターで呟くのを止めてから、もうすぐ1年になる。ツイッターは匿名の相手に 時々の感情を吐露する場なのだが、その空しさを痛切に感じるようになってきたのだ。(尤も、小生はツイッターでもブログでも顔写真つきの実名で、オープンにしているのだが..)

● 実名で登録するフェイスブック(SNS)の利用者が急増している。個人主義の方が居心地の良かった若い人達でも、情報を隠すより 開示することのメリットを感じるようになってきているのだ。(㊟ SNS=ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略。日本ではミクシィが有名)

○ 震災後の避難所で、年寄りの「これからどうなるんだろう」との呟きに対して、隣にいた高校生ぐらいの男の子が「大丈夫、大人になったら僕らが元へ戻します」とやさしく背中をさすって言った。

● 若い人達の力で、日本は少しづつ新しい未来のみえる方向へ変身していく兆しが処々に見られるのは頼もしいことだ。

                              弥吉の独り言。

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コメント

こんにちは。
ご無沙汰しております。

震災直後、多くの学校が避難所になり
不安に打ちひしがれる住民の方々を、生徒さん達が自主的にグループを作り励ましの言葉を書き壁に張ったり
避難所の運営に頑張ったそうですね。

その生徒さん達の中には
自分の家族の消息も不明なままの状態だった子もいたと、報道で知りました。

若い世代に私達親世代が教えられたことがたくさんありました。
そしてこれからも、大人の出来ること、若い方の出来ること
心を柔らかく支え合って生きていきたいと思います。

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