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2013年11月 7日 (木)

不空羂索観音立像 再見

○ 11月6日、正倉院展を観に奈良を訪れた。会場へ行く前に、毎年 東大寺周辺を散策するのだが、今年は修理を終えた法華堂を拝観することとした。

○ 法華堂は、須弥壇及び諸尊像修理の為、平成22年度から拝観を中止していたのだが、本年1月に略修復を終え、5月18日から拝観を再開した。

                             写真下:修理前の諸尊像配置。Photo_2

              写真下:修理完了後の諸尊像配置。Photo

○ 上の写真2枚では判り難いが、現在安置されている諸尊像は、本尊の不空羂索観音菩薩、梵天、帝釈天、金剛力士(阿吽)、四天王、執金剛神(秘仏)の10躰。 

○ 本尊の両脇にあった日光・月光菩薩、弁財天、吉祥天、地蔵菩薩、不動明王の6躰は、免震構造の東大寺ミュージアムに安置、公開されている。

○ 薄暗い堂内での写真撮影が不可な為、下の写真2枚は法華堂パンフからのものだが、堂内の光線を極度に抑えているのでこの写真のようには細部の様子を見ることはできない。昨秋、東大寺ミュージアムで間近かに鑑賞し得た頭上の宝冠も暗くてよく見えない。(宝冠の素晴らしさについては、昨年11月1日付エントリー:天平文化に酔う。その1.をご参照)

             Photo_2

Img014○ この度の修理事業で分かった新事実(収獲)は、今は大仏殿西側の戒壇堂にある「四天王」像が、嘗ては法華堂にあったこと、日光・月光両菩薩像は後世に他の堂から持ち込まれた客仏だったとの通説を覆し、もともと眷属として本尊の両脇に立っていた可能性が強まったことである。

○ 嘗ては、本尊「不空羂索観音」立像の周りは、裏側にある「執金剛神」の他に、前記「四天王」像、「日光・月光両菩薩」像を加えた7躰が、立像をぐるっと取り囲んでいた......。そんな堂内の様子を想像しながら、静かに座して本尊と対面した。

                      おわり

《追記》 記事・写真:平成25.12.30付読売新聞(朝刊)より。

〇  東京芸術大学の研究チームは、法華堂の創建時の堂内をコンピューターグラフィックス(CG)で復元した。金色に輝く本尊・不空羂索観音立像を中心に日光・月光両菩薩立像、四天王立像など7体が囲む創建当時の荘厳な様子を再現した。Photo 写真の上でクリックすると画面一杯に拡大します。

                       以上

 

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