マイフォト≪聖の闘魂≫   ↑ここをクリックして下さい

  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
フォト

マイフォト≪因島紀行≫ 

  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
無料ブログはココログ

« 2014年1月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年2月の投稿

2014年2月20日 (木)

 NHK杯セレクション 村山聖特集 (第5週)

○ NHK教育テレビの将棋番組・NHK杯セレクションとして、過去に放送された中からトップを切って、村山聖特集が1月11日(土)より毎土曜日の午後6時より、5週連続で再放送されている。(CATVで)

○ 以下は、第5週2月8日(土)に放送された第47回NHK杯決勝戦 村山聖八段vs羽生善治四冠の放送写真(TV画面より)

Ts3r010011131415

      写真下: 司会者より、決勝戦への決意を訊かれて、村山「一手違いの良い
            将棋を指して優勝したいと思います。」と述べた。 Photo

               写真下:初手を指す先番の羽生四冠。Photo_2

    写真下: (左)聞き手の藤森奈津子二段。 (右)二上達也九段・将棋連盟会長  Photo_3

               写真下: 序盤の村山八段。Photo_5Photo_6

         写真下: 考慮中の羽生四冠、 痛むのか腰に手をやる村山八段。Photo_7

             写真下: 手番で考慮しているのは、村山八段。Photo_8

              写真下: 体を少し右へ傾けて考慮中の村山八段。Photo_9

Photo_11

               写真下: 終盤にかかり、読みにふける両者。Photo_12

        写真下: 優勢の局面ながら、秒読みに追われる村山八段。その直後..。Photo_15

               写真下: 敗着となった7六角を指した瞬間。

Photo_14

               写真下: 敗着(7六角)を指した局面(盤面)。

Photo_16

         写真下: そのあと、先手 8二銀、後手 6一玉、先手 7三桂成らず、
                をみて 村山八段が投了。Photo_17

                写真下: 投了直後の両者のやりとり。Photo_18

Photo_19

                 写真下: 局後の検討風景。 Photo_20

○ 写真下:表彰式の前。司会者から対局後の感想を聞かれて、
   村山「いや、優勝する筈だったんですが、..負けてしまいました。大ポカをやって
       しまいました。時間のない将棋なので、そういう事は よくある事なのですが、
       残念です。」
   羽生「今回の優勝は、最後で拾ったという感じでした。ツキにも恵まれていた。
       7二歩と指されていたら負けています。」Photo_21

                         表彰式Photo_22Photo_23

   ○ 司会者から、「村山八段は、4月から順位戦でA級復帰ということで、
              新たな思いで新年度を迎えるということで....」と聞かれ、
              村山「そうですね。」と答えた。Photo_24

Photo_25

○ この決勝戦(対局)は、2月28日に打たれ収録された。その10日前、
 (2月19日)に広島に帰った際、待ち受けていたのは、癌の再発宣言
 
だった。2月21日、大阪へ帰った村山は、誰にも相談することなく、
 次期(4月以降1年間)の休場を決意していた。

○ 村山は、この対局から半年も経たない8月8日午後零時11分、広島
 市民病院で死去した。わずか29歳のあまりにも苛烈な生涯を風の様に
 駆け抜けた。純粋無垢であったが為の衝突もあったが、こんなに誰からも
 愛された若者を小生は知らない。            弥吉
                           

                        おわり。

2014年2月14日 (金)

今冬 最高の積雪 (大阪・南河内 二上山の麓)

○  2月14日(金)未明から降り出した雪が、午前10時頃には約20cm

  積もった。今冬最高の積雪だ。
                    
自宅玄関前20140214_001_20140214_004

○  今日は午後1時より、いつも楽しみにしている 囲碁クラブの例会が

  予定されていたが、早々に中止の報が入った。残念だが天候には勝て

  ない。いつも車で行くのだが、車道が開かないので 仕方がない。

                   自宅前の町道(正午現在)20140214_001_20140214_007

                          おわり

2014年2月10日 (月)

正倉院の屋根葺き替え工事完了現場見学

○ 大正2年以来、約100年ぶりの正倉院正倉屋根葺き替え工事は、平成23年10月から始められたが、平成25年11月に無事終了した。今後、素屋根の解体、周辺復旧を行ない、平成26年11月から正倉院外構公開を再開する予定だ。

○ 宮内庁は、工事開始以来、過去4回工事現場の公開を行なってきた。瓦の葺き替えが終わり、素屋根解体を前に、第5回(最終)の現場公開が2月7日から5日間行われたので、昨日素晴らしく葺き上がった大屋根や建物内部を見学してきた。

○ 正倉院正倉は、南倉、中倉、北倉の3倉(内部は2階建)からなり、屋根は寄棟造瓦葺、北倉と南倉は校倉造り、中倉は板倉造りとなっている。規模は、正面が約33.1m、奥行きが約9.3mである。

               (以下の写真は、一部 宮内庁パンフによる)33

34

                写真下: 素屋根に覆われた正倉院正倉Photo

   ○ 正倉の構造 (写真の上でクリックすると拡大する)35

   ○ 正倉屋根の配置 (写真の上でクリックすると拡大する)36


○ 正倉建物内および葺き替え済み大屋根の写真(見学順)

        10列×4列の礎石の上に直径60cmの丸柱が立ち、高さは約2.5mある。10cm27m

               下:勅封された南倉の入り口扉Photo_2

               下:南倉(校倉造)と中倉(板倉造)の境目。Photo_3

                下:中倉の2階内部(ガラス戸棚が見える)Photo_4

               下:中倉1階内部(右側は北倉=校倉造=との境目)Photo_5

               下:北倉の内部(1階と2階)Photo_6

               下:北東隅の校倉造壁。Photo_7

               校倉造の木組み。    Photo_8

     ○ 北東隅からの大屋根(今回北東隅二の鬼瓦だけが新規製作 更新された)Photo_9

               鬼瓦や丸瓦に導線を這わせてあるのは、避雷設備。Photo_12

             写真下: 新規製作された北東隅二の鬼瓦。
                 右側面に「倣旧北東隅一之鬼作之
                 (まえの北東隅一の鬼に倣いこれを作る)と刻してある。
                 (写真の上でクリックすると画面一杯に拡大する)                                      Photo_14

      写真下:北西隅からの大屋根:左(北面)、右(西面)とも新規製作瓦で葺いた。Photo_15

            写真下: 今回新規製作された軒の丸瓦、平瓦の文様。Photo_16

               下: 南西隅からの大屋根。Photo_17

               下: 南東隅からの大屋根。Photo_18

              下: 南東隅の瓦(室町・慶長再用軒瓦)Photo_19

        下: 南面の大屋根(丸瓦、平瓦とも天平時代以降、各時代の再用瓦
                   を再使用している=上掲の正倉屋根の配置図ご参照)Photo_20

                下: 棟瓦の断面見本展示。             Photo_21

               下: 大正再用瓦の裏面に押字された瓦師名と縄目文様。Photo_22

○ 以上で見学の全行程が終わった。以下は、正倉院周辺の美しい風景。

      正倉院正倉を覆った素屋根3階から見た大仏殿。手前は聖語蔵。

             (写真の上でクリックすると、画面一杯に拡大します)26

               正倉院の正門。中央 奥に素屋根が見える。Photo_23

               正倉院南側に長く続く白壁塀。Photo_24

               南側に聳える大仏殿の威容。Photo_25

               正倉院と大仏殿の間に広がる草地。(鹿が1頭草を食んでいる)Photo_26

○ 今回の見学で感銘したのは、正倉院創建以来、気の遠くなるような歳月(約1250年)、その時々に如何に多くの人々がこの得難い宝物を未来に引き継ぐべくその職分を尽くしたのだろうか...ということである。

                     おわり

2014年2月 4日 (火)

NHK杯セレクション 村山聖特集 (第4週)


○ NHK教育テレビの将棋番組・NHK杯セレクションとして、過去に放送された中からトップを切って、村山聖特集が1月11日(土)より毎土曜日の午後6時より、5週連続で再放送されている。(CATVで)

○ 以下は、第4週 2月1日(土)に放送された第47回NHK杯準決勝戦第1局 村山聖八段vs島 朗八段の放送写真(TV画面より)

Ts3r0100Nhk_20140204_00120131107_001_20131107_003Nhk_20140204_003Nhk_20140204_002Nhk_20140204_006

Nhk_20140204_005     写真上:司会・聞き手は、藤森奈津子二段。解説は、羽生善治四冠(当時)。

Nhk_20140204_004                   対局開始を待つ村山聖八段。

Nhk_20140204_007                   初手(先手番)を指す村山八段。

               以下、村山聖八段の対局中の表情、しぐさ。 Nhk_20140204_008

Nhk_20140204_0092

Nhk_20140204_009

Nhk_20140204_0102

Nhk_20140204_010

 

Nhk_20140204_011           終盤優位に立った村山八段が、4三角打ち(王手)した瞬間。

Nhk_20140204_014_3              村山八段の指し手 4三角をみて、島 八段が投了。

Nhk_20140204_013                         投了局面。

Nhk_20140204_015

                  写真下:終局後の検討風景。Nhk_20140204_017

Nhk_20140204_016_2

Nhk_20140204_019

Nhk_20140204_020

○ この対局は、1998(平成10)年2月16日に打たれた。その3日前に村山は次期のA級復帰を決めていた。そしてこの対局に勝ち、NHK杯決勝戦に進出した。

 村山は、勇躍、3日後の2月19日に広島に帰った。そこで村山を待ち受けていたのは、癌の再発宣言であった。その重い言葉を胸に東京へとんぼ返りした。翌20日に、三浦六段との公式対局を制した村山は、翌日大阪へ帰った。

 そして、村山は誰にも相談することなく、次期(4月以降1年間)の休場を決意した。誰にも知られたくなかった。親にも、師匠にも、誰にも...。

                       おわり

  尚、NHK杯セレクション第5週 村山聖八段vs羽生善治四冠との決勝戦

  については、過去に別ブログでもアップしています。下記のURLを

  クリックしてご覧下さい。

             http://iesiat2.blog.so-net.ne.jp/ です。   弥吉 拝

« 2014年1月 | トップページ | 2014年4月 »

マイフォト≪聖の青春≫   ↑ここをクリックして下さい

  • 140 シンフォニーホール前の並木道
    故村山聖九段のアルバム (表紙)   ↓ アルバムへ入る をクリックして下さい。