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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
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  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2014年6月の投稿

2014年6月 3日 (火)

故村山聖九段のベレー帽姿の写真はある?

○  大崎善生著の「聖の青春」によると、中学2年で将棋界に入った

  村山聖少年は極端に髪や爪を切るのを嫌ったようだ。

  まずは、写真をご覧あれ。

               まだ、内弟子の頃か。殆ど、髪は伸ばしっ放し。  Ts3r0011 

            平成元年(’89年)9.6 第12回若獅子戦決勝(vs羽生戦)Ts3r0023

          平成元年(’89)年11.27 第39回NHK杯3回戦vs中原棋聖・王座戦 Ts3r0015_2

○  ところが、後年、高段者になった折、一度だけ?丸坊主に散髪し、

   ベレー帽を被っていた時期があるのだ。調べてみると、平成5年

  11中旬~下旬頃に行き付けの理髪店でバッサリ切って貰った

  ようだ。


○  平成5年11月28日には、関西奨励会時代からの知人N棋士の

  名古屋での結婚披露宴に、ベレー帽姿で出席している。

○  また、翌月10日には、東京将棋会館に於いて、王将戦リーグで

  米長九段と対局し、その(彼をよく知る者にとっては)異様な丸刈り姿

  に周囲の関係者を驚かしている。

 

○  ベレー帽を被っている村山聖七段が写っている写真をお持ちの方、ご提供

 下さい。集合写真の一部でも可。

           全国の村山ファンの為に、どうぞ宜敷く。coldsweats01

   ( ご面倒乍、 whwpx206@ybb.ne.jp  宛、メールに添付、ご送付賜りたし。)

 

○  平成6年(’94年)1月12日、森師匠の結婚披露宴に於て、祝辞を

  述べている写真(下)では、丸坊主乍、もうかなり伸びているのが判る。

Photo

                               おわり    弥吉  拝

  

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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