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2016年3月 1日 (火)

 -苦々しい 日本語の乱れ-

             2015.10.04 フィリーズ戦の8回、マーリンズ4番手の

             投手としてメジャー初登板したイチロー投手。Photo

○  イチロー、将来は得票率95%超で米殿堂入り?「彼の数字は常軌

    逸してる」

   これは、過日、ある“野球・MLBの総合コラムサイト”を見ていたら、目

 に飛び込んできた記事の見出しで、マーリンズ最古参の番記者の発言を

 訳したものだ。番記者はイチローの安打数や盗塁数が偉大だと言って

 いるのに、日本の訳者は日本語の使い方を誤ったのだ。

  「常軌を逸する」の用法は、悪い性質や状態を表現する場合であって、

 用例 「ーーー振る舞い」のように使用するものだ。                                    

 

○  「生き様(ざま) ・・・ 「死に様」からの連想で使われだした語で、用法は

 “凄まじいまでのーーー”のように、その人の生きる態度(姿勢)を表わす

 肯定的な意味での使用法だ。然し、’90年代以前の辞典には、「死に様

 (ざま)」しか記載されていない。「死に様」を転用した新しい言葉なのだろう

 が、本来、「様(ざま)」とは、「無様(ざま)」、「この様(ざま)」、「様(ざま)みろ」のように

 あまり良くない意味合いを含む言葉なので、恬として恥じず無神経に使用

 するマスコミ・芸能人などの気が知れない。「生き様(ざま)」は使いたくない

 (定着して欲しくない)言葉の一つである。

  

○  「憮然(ぶぜん) ・・・ 「憮然たる面持(おももち)で」の意味を問う調査(H19年

 文化庁)をみると、①腹を立てている様子・・・70.8%、②失望してぼん

 やりしている様子・・・17.1%という結果が出ている。

  本来的には、「憮然」は、失意のさまを表わし、悵然(悲しみ嘆くさま)、

 憫然(憐れむべきさま)に近い意味の言葉なのだ。従って、用例としては、

 「---として溜息ばかり吐(つ)いて」のように使用して欲しいものだ

 

○  「姑息(こそく) ・・・ 用例 「姑息な手段」 ・・・ “その場しのぎの手段で

 ごまかそうとする”など、良くない場面で多用されているため、卑怯、不正

 の意味を強調する誤った使用例が多い。本来、「姑」は、“しばらく”、「息」

 は“休息”の意味だから、「一時の間に合わせ、その場しのぎ」の意味に

 限って使用して欲しいものだ。

                                        弥吉

   

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