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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
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    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2018年6月の投稿

2018年6月24日 (日)

故村山聖九段の写真 ② (幼時 その2)  

○ 月刊誌「将棋世界」の元編集長大崎善生氏渾身の名著であるノンフィク
 ション「聖の青春」は、読者を泣かせる。

  通勤の途、電車の中で読んでいて感情が高ぶり、涙が溢れて顔を上げ
 られなくなった人も多い。斯く申す小生も、往き付けの医院の待合室で
 読んでいて涙腺が緩み、名前を呼ばれても「ハイ」と返事ができなかった
 ことがある。

               ≪幼時の写真 その2≫ 
1.S45年。1歳。姉と共に。

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2.3歳。

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3.ネフローゼ発症前のほんの僅かな幸せな幼少時代。

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4. あっかんべー。しかし、この頃には確実に病魔が忍び寄っていた。

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      (注)写真1.、4.の原典は、「将棋世界」’98年10月号。
 

                           つづく。

2018年6月15日 (金)

故村山聖九段の写真 ① (幼時 その1)

○ 一昨年11月、映画「聖の青春」が封切られ、話題となった。その後、TV
 でも何度となく流され、将棋を知らない人でも、主人公 故村山聖(さとし)
 九段について知識をもたれたことと思う。

○ 村山さんは、1998年8月8日に29歳でその生を終えた。あれから
 もう20歳の年月が経とうとしている。村山さんの誕生日は、今日
 6月15日だら、存命なれば49歳だ。

○ 村山聖さんを知って17年余。以来、すっかり村山聖ファンとなり、
 ノンフィクション「聖の青春」は10数回は読み返している。ネットや
 メール通して全国の村山ファンとの交流もできた。

○ 村山さんに係る写真や資料も随分多く蒐集してきた。小生も今年
 80なった。この際、蒐集してきた村山さんの29年間に亘る
 幼時からの写真を、全国の村山聖ファンのために本ブログ上で
 少し宛提供して行こう思う。勿論、既に本ブログ掲載済のもの
 を含め熟知の写真数多くあるだろうが寛恕賜りたい。

 尚、本写真の掲載について村山家のご了承を得ている。為念。
                       ≪幼時の写真その1≫

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                        つづく

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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