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2018年7月11日 (水)

故村山聖九段の写真 ⑤ (プロへの夢 その2)

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〇 ’82年1月、少年時代5年間を過ごした国立原療養所を退所。療養
 生活の過半をベッドの上での将棋の勉強で過ごし、四段の認定
 を得るまでに到った。

  同年3月、小学校卒業。  
写真下:色々な将棋大会で優勝。

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〇 ’82年4月、府中中学校入学。同7月(中1、13歳)、東京に
 於ける中学生名人戦(全国大会)に参加し、ベスト8迄勝ち進み
 敗退。

〇 帰途、東京・西日暮里将棋センターで、偶然、アマ名人戦を
 2連覇している小池重明に出遭い、対局して勝利した。対局後、
 トップ・アマのオーラを放つ小池名人から 「僕、強いなあ」
 「がんばれよ」と優しく励まされ、意気高揚して故郷・広島へ
 帰っていった。


 写真下:’80,81年アマ名人連覇の小池重明氏。撮影者弦巻勝氏

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〇 愈々、プロ入りを目指す具体的な道を模索する時が来たよう
 だ。昨年、トップ・プロの森安九段との指導碁に勝ち、今度は、
 小池アマ名人に頑張るよう励まされた。

  村山さんのプロへの思いは募り、「大阪へ行って奨励会に入り、
 プロになる。」と両親に訴えた。

                           つづく。

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