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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
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  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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故村山聖九段

2017年3月16日 (木)

村山将棋は生きていた! 

○  昨日(3月15日)、第66期王将戦第6局(郷田真隆王将vs挑戦者

 久保利明九段)は、挑戦者の久保利明九段が勝ち、対戦成績4勝2敗で

 6期振り通算3期目の王将位を獲得した

○  久保九段はこれまで王将位のほか、棋王位を3期獲得するなど、戦

 歴は赫々たるものがある。小学6年で奨励会に入った久保少年を可愛が

 った村山さんは、泉下でさぞかし喜んでいることだろう。

○  村山さんも遠い昔、王将のタイトルに挑戦したことがあった。平成5年

 1~2月の第42期王将戦だった。当時六段だった村山さんにとって、7大

 タイトルへの初挑戦だった。谷川王将の厚い壁にはね返されたが、遠か

 った名人への道程(みちのり)を測定できたことが大きな自信となった。

     写真下:第42期王将戦第4局 谷川王将戦Photo_2

○  村山と久保との出会い

   久保は’86年(小学6年)秋、奨励会6級に入ったが、右も左も判らぬ

 久保に親切に声をかけてくれたのが当時17歳で四段に昇段が決定して

 いた村山だった。毎日将棋会館に通うようになった久保に村山はいつ

 でも将棋を教えてくれた。毎日、毎日、6、7番以上指してもらった。村山

 はやがて7段(B級1)に昇段し、久保も念願の奨励会を卒業し四段(プロ

 入り)となった。それでも二人は将棋を指す。一体、何千局指したのだろう

 か。

○  久保は云う。「自分の将棋の半分以上は村山将棋です。村山さん

 の将棋が血となり肉となって今でも自分の中に流れている」と・・・・。

             写真下:第59期王将戦第3局(2010.2.11)の久保八段。Photo_5

○  村山は久保に対してだけでなく、来る者を拒まず、多くの奨励会会員

 に将棋を教えた。関西在住の時は云うに及ばず、東京に行ってからも

 奨励会員と将棋を指した。村山は多くの少年達に将棋の技術だけでなく、

 自分の将棋に打ちこむ懸命さ、将棋観、直観力など全てのものを、駒と

 将棋盤(対局)を通じて身につけて欲しいと切実に思っていたのだろう。

○  久保は再び言う。「村山将棋は、指し手となって、未だにこの将棋

 世界に生きている」のだと・・・。

                                     おわり 

2016年11月27日 (日)

「聖の青春」への想い。

○  映画「聖の青春」を11月19日(公開初日)に観た。

   日(27日)まで鑑賞後の感慨を記事にしようとの衝動に駆られないで

  もなかったが、どうしても心が動じなかった。この映画の作為に同意し

  乍、自分の中に塗り重ねられてきた村山聖像への深い想いと調和させ

  る作業が極めて困難だったためである。この映画はノンフィクションでは

  なかった。それが為の諸々の抵抗感を消すことは、最後迄できなかった。


○  
一昨日(25日)の夜、村山聖への想いを共有するメル友Tさんから

  1通のメールが届いていた。Tさんも、物足りなさと抵抗感を拭えない

  ようだった。

   Tさんと遣り取りしたメールの量(コピー)は、過去6年間にA4ファイル

  で2冊に達しており、その殆どが「聖の青春」・故村山聖九段に関わる

  ものであることから、この映画に期待していたTさんの想いは痛い程

  よく解った。


○  
ネガティブなことを羅列する代わりに、写真などで、Tさんや小生の

  この映画への複雑な想いをご想像願いたい。

 

     写真下:映画冒頭のシーン。浦江公園の満開のさくら。中央は八坂神社。Photo  

     写真下:2016.04.06撮影。上の写真と同じ所。毎年、晩秋に訪れるのだが、
     今年は、偶々、満開の万朶の桜に出合えた。中央下の御神燈は八坂神社
     (素戔烏尊神社)。社頭には、寛政年間より鎮座する「子宝延命地蔵尊」あり。 H2846

     写真下:2012.11.18撮影。浦江公園。中央奥に八坂神社、金蘭女子高あり。Ts3r0032

   写真下:映画のシーン。浦江公園のベンチに憩う村山。中央上に御神燈が見える。Photo_2
○  村山は、前田アパートを終生借りていたと言っていい。 その間

  関西将棋会館や近くにある更科食堂、森師匠の住まい大淀ハイツ等

  「聖の青春」に書かれた所謂トライアングルを毎日のように歩き続けた。

   春には万朶のさくらが咲き競い、秋には万葉が色づき地上に散り敷

  いた。村山は、こんなに美しい風景をどのように心に刻んだのか。病い

  と将棋が生活の全てであった村山には、美しい季節の移ろい心に

    映らなかったのではなかろうか。



○  小池重明との巡り合いの不思議さ。

   昭和55年5月24日 真剣師小池重明は、「アマ・プロ対抗リーグ戦」

  で、5人のプロと対局した。2番目の相手が、後に村山聖の師匠となる

  森信雄四段(当時)だった。対局は、終盤に強い小池が、先番167手迄

  で大逆転勝ちをした。尚、4番目には、森の兄弟子である滝誠一郎五段

  (当時)とも対局し終盤に逆転勝利している。(対プロ:4勝1敗)


   昭和57年7月、 村山聖は、上京して全国中学生将棋名人戦に出場

  した。ベスト8で敗退したので、帰途新幹線までの余裕時間を利用して

  西日暮里の将棋センターで将棋を指した。村山は、対局する相手に悉く

  勝ち、帰り支度をしているところに店に入ってきたのが真剣師小池重明

  (昭和55、56年連続アマ名人位獲得)だった。

Photo 村山は、将棋月刊誌を通じ

て、アマ名人小池重明のこと

を知っていた。席主から話を

聞いた小池は「僕、強いんだ

なあ」と褒め、一局指すこと

なった。戦いは手に汗握る

熱戦となり、長い戦いを制し

たのは中学生の村山だった。

  先程まで鬼のような形相だった小池は、にこやかに「僕、強いなあ」

  「がんばれよ」と村山をやさしく励ました。

   広島へ向かう新幹線の中で、村山は、「僕、強いなあ」という屈託

  のない小池の笑顔が脳裡をよぎって一時も離れなかった。

   村山にとって小池に出遭ったことは、運命的な出来事であった。大阪

  の奨励会に入り、プロになりたいという思いが募った。


   2ヶ月後の9月、大阪の森信雄四段に会い弟子入りが叶った。森に

  村山の弟子入りを紹介したのは、森の兄弟子・滝誠一郎五段だった。

   もし、あの時、店に真剣師小池重明が来るのが1分間遅く、村山との

  出遭いがなかったら、森への弟子入りもなかったかも知れない。


   小池には不可思議な魅力があった。人間の不純性と純粋性を兼ね

  合わせ持っていた。“新宿の殺し屋”“プロキラー”と恐れられた小池の

  持つ将棋への純粋性が、村山の全人格的純粋性に共鳴し、村山の

  つ将棋へ情熱を滾らせ、切実な行動に結びつけていったものと思わ

  ざるを得ない。真剣師小池重明との不思議な巡り合いは、村山の将棋

  人生の行方に方向を与える大きな力となった。


   小池は、中学生村山と激戦する2年前に、森信雄四段と対戦していた

  (如上)。プロとアマが対戦する機会は、そう多くない。森四段(プロ)は

  関西所属なので、小池(アマ)と対局する機会など稀有のことだ。

   世の中には不思議なことが起こるものだ。


   村山とこの二人との巡り合いが、村山聖という“希代の将棋指し”の

  誕生に大きく係わったことは間違いない。もし、村山が真剣師小池に

  巡り合わなかったら、大阪行きの決断が遅れ、別の師匠のところに

  入門していたかも知れない。そして、森師匠に巡り合えていなかったら

  没後18年経ってもこんなに多くの人々の心に残る「聖の青春」は存在

  し得なかったであろう。


                                        おわり

         羽生さんに首肯しかねる科白を言わせるフィクションに興ざめ。

 

 

続きを読む "「聖の青春」への想い。" »

2016年10月25日 (火)

聖の青春・村山聖ファンは必見!

 村山聖を回顧した特集番組が、本日、10月25日(火)午後10時よりNHK総合「クローズアップ現代+」で放送される。11月19日から公開される映画「聖の青春」の予告番組としてもタイミングが良い。

 村山さんの師匠森信雄七段が結婚された時の仲人である人気作家
黒川博行氏が出演されるのが興味深い。まずは、NHKの番組紹介を
篤とご覧あれ。

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Nhk

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  <ご参考> 下記のURLをクリックすると、映画の予告篇が見られます。

<iframe width="610" height="374" src="https://www.youtube.com/embed/9KRblK92ubw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

                                        おわり

2016年10月11日 (火)

聖の青春 ポスター (その2)

「聖の青春」映画広告ポスターその2を紹介します。

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                                             おわり

2016年7月15日 (金)

映画 「聖の青春」 公開日 11月19日(土)に決定!

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○  待望の映画 「聖の青春」 の公開日(全国ロードショー)

  は、11月19日(土)です。村山ファンは必見です。

 

              [映画.com]7月15日(金)8時00分 配信 ポスターPhoto_3

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              出演者と役柄

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Photo_6          原作モデルは、大崎善生 元将棋世界編集長(現作家)

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Photo_8            原作モデルは、先崎学 現九段。1歳年下だが気が合った

Photo_9        原作モデルは、滝誠一郎八段(H25年引退)。曾て森師匠と                   

        同門(兄弟弟子)だった。

                                   おわり                                    

2016年6月17日 (金)

映画 「聖の青春」の配役判る。

〇  [映画. com ニュース] 6月17日 05:00 は、注目の羽生善治役に

 東出昌大が出演していると報じた。(以下、写真など同記事より)

               写真下:左 羽生善治   右 東出昌大Photo_2
〇  同記事によると、村山聖役の松山ケンイチ(既発表)の他、

 師匠・森信雄役をリリー・フランキー母・トミ子役は竹下景子が演じる。

 さらに、染谷将大、安田顕、柄本時生、北見敏之、筒井道隆らが脇を

 固めている。 

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〇  映画 「聖の青春」(監督 森義隆)は、今秋、全国で公開される。

   上映 123分  配給 KADOKAWA

                                      おわり

2016年4月 6日 (水)

「聖の青春」の前田アパート・浦江公園 爛漫の春。

〇  今秋封切りされる映画「聖の青春」の主人公・故村山聖九段の終生

 の住まいだったとも云える前田アパート。春に訪ねるのは始めてだった

 道を隔てた東側にある浦江公園の桜は満開だった。まだ朝8時半過ぎ

 だったので、万朶の花の下、酒気を帯び、蹣跚と歩く 御仁や花見客の

 輪には、流石に出遭わなかった。

 

   まずは、村山さんが過ごした日常生活のトライアングルの一角・前田

 アパートと浦江公園周辺の春を篤とご覧あれ。

   写真の上でクリックすると画面一杯に拡大します。 

                    村山さんと一緒にお花見をしましょう。

             写真下:真ん中の桜の木の向こうが前田アパート。 20160406_001

             写真下:左の道路中ほどに白く見えるのが前田アパート。20160406_007

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            写真下:花の向側は、金蘭会中高校やシティタワー西梅田。20160406_005

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             写真下:2階真ん中やや左が村山さんの部屋。
             現在空家だが、風通しの為、ガラス窓が開けてある。20160406_012

20160406_010_2村山さんがお世話になった三谷工業社長さんとの立ち話。

 もう、此処で仕事を始めて45年になる。

 村山さんは、日常生活の全てが将棋と体の管理だったので、満開の桜を愛でる気持ちの余裕があったか如何か。

 体調の悪い時は、何日も水道のぽとり落ちる水音を聞いて過ごしていた。

 路地から通りへ出るだけでも大変な時があった。

 

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写真左:前田アパート南側の路
地。奥にアパートの入り口がある。

写真右:20数年前の前田アパートの路地と村山さん。                              

 

20160406_016

            〈付録〉 写真上: シンフォニーホール前の並木道。

                                       おわり

2016年2月 4日 (木)

「聖の青春」の映画化正式発表!

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1h2823_600

〇  本ブログは、故村山聖九段関係の多彩な記事を掲載している為、

 昨日来(2月3日午前6時から)、異常とも云える多くの来訪者が続いて

 いる。

  (シネマカフェの映画化発表記事ご参照。  2016.02.03 6:00 )

  URL: http://www.cinemacafe.net/article/2016/02/03/37545.html

〇  本ブログへのご来訪を機会に、左右のサイドバーにあるマイフォト

 ≪聖の青春≫≪聖の闘魂≫や、カテゴリーの「故村山聖九段」をクリック

 して、豊富且つ多彩な写真入りのエントリーを是非ご覧下さい。

2015年6月23日 (火)

「聖の青春」が映画化!

○ YAHOO!JAPANニュースより転載。

故・村山聖九段の生涯を描くノンフィクション

 小説「聖の青春」が映画化

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 故・村山聖(むらやまさとし)九段の生涯を描いたノンフィクション小説「聖の青春」(大崎善生作)が映画化されることが分かりました。キャストや公開日など詳細は不明です。

【「聖の青春」映画化&角川文庫化のお知らせ】

 KADOKAWA代表取締役専務の井上伸一郎さんが、自身のTwitterアカウントで明らかにしたもので、「生きることの意味を正面から問いかける素晴らしい本でした。聖の少年時代や、亡くなる直前の描写など、号泣しながら読み通しました。大崎さん、まさに熱筆と言っていい作品です」と映画化への期待を語っています。

 村山九段は幼い頃から腎ネフローゼを患い、それに苦しみながら名人を目指して将棋を指し続けました。のちに膀胱がんが見つかり手術。NHK杯決勝で羽生善治四冠に敗れ、その5カ月後の1998年8月8日に死去しました。29歳でした。

 「聖の青春」は2001年にドラマ化され放送されています。村山役は藤原竜也さんが演じています。6月20日には角川文庫化され発売されています。

              ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

≪参考≫ 講談社からの初版。(単行本2000.2.18 文庫本2002.5.15)

                            写真下:弥吉所有の 初版本

20002182002515

                                         おわり

2015年4月23日 (木)

TV番組「解決!ナイナイアンサー」 村山聖が母に遺したアンサー “余波” 

○  4月21日夜10時過ぎから、テレビで掲題の番組が放映された。民放

 チャンネルをあまり観ない小生は、「解決!ナイナイアンサー」という番組

 が午後9時からあることも知らなかった。

○  同日朝、「将棋ペンクラブログ」の記事を見て、村山聖に関わる放送

 があることを知り、録画をしておいて後刻約30分の村山聖実録部分だけ

 を観たのだ。番組の良し悪しは論じないが、小生が見たことのない村山

 の幼時の写真も見られ、又、村山と母親のその時々の心情が汲み取れて

 胸がつまった。 最後のNHK杯準優勝のシーンに於ける村山の柔らかな

 表情が心に沁み入った。

○  翌朝、小生のブログ(ココログ、ソネット、ライブドア)の来訪者数の

 急増には驚いた。昨夜、この番組が終わった10時半過ぎから深夜12時

 までの訪問人数がメインブログ(ココログ)だけで、2419人、訪問ページ

 数が2863ページもあるのだ。その後、漸減してきているが、2日目は

 771人だった。 77歳になる小生のブログなど、普段は訪問者数が

 1日平均40人位なのだ。小生のブログには、村山聖に関する写真を

 入れた多様なエントリーがあるので訪問時間が30分以上の方も屡ある。

○  放映TV画像の一部を紹介(写真)

          幼 時

                1969年6月15日誕生Photo

Photo_2

        1998年2月28日 NHK杯トーナメント決勝戦(対羽生戦)

             <対局前> 司会者から意気込みを訊かれて・・・Photo_3

             <対局後> 優勢だった将棋を時間に追われて逃して
                      しまって・・・・Photo_4

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                                  おわり  弥吉

 

より以前の記事一覧

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
    故村山聖九段のアルバム (表紙)   ↓ アルバムへ入る をクリックして下さい。