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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。

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2010年7月 2日 (金)

プロボノ雑感

 

 企業や市民団体、或いは個人が社会に貢献しやうと

 する、メセナ、NPO、ボランティア、プロボノなどの諸活動

 とは一番遠いところを今日まで歩んできた。

 

〇 昭和30~40年代の高度成長期を企業で懸命に働き、

 気がつけば体がぼろぼろになってしまってゐた。まだ気力

 のあるうちにと40歳で脱サラをし、家族を養ふといふ一点

 だけのために様々な仕事を経験し乍、今日まで生きぬいて

 きた。仕事は子供に譲ったが、生活のゆとりはない。

 

〇 70歳を超えた今日、さらに社会に貢献しやうといふ行動

 力は残ってゐない。直接的な社会貢献は、日本が右肩上が

 りの時代に し過ぎる程した 自負がある。

 

〇 好きな碁を打ち、息災な生活を送ることが結果的に社会

 貢献することになるのだらう。

 

                    をはり 

 

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