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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。

マイフォト≪因島紀行≫ 

  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2010年9月の投稿

2010年9月29日 (水)

けがれない心の表われ。聖の笑顔。

Photo_2

 

〇 マイフォト≪聖の青春≫のアルバム表紙(写真)を更新

 しました。森師匠が「将棋世界」の依頼で、聖を大阪城

 公園へ連れだし撮影されたものださうです。

 

                     をはり

 

    

 

 

 

 

 

2010年9月22日 (水)

あどけない表情をみせる村山聖。

Photo_3

 

〇 マイフォト≪聖の青春≫のアルバム表紙(写真)を更新

 しました。あどけなさの残る表情ですが、もう4ヶ月後

 には20歳の誕生日を迎えます。

 

                     をはり

 

 

 

 

2010年9月21日 (火)

モンテカルロ法なんて 何?

〇 モンテカルロ法とは数学的技法の一つで、乱数を用ゐて

 シュミレーションを何度も行なひ得られた結果から問題の

 近似的な解を求めるといふものです。

 

〇 囲碁のコンピューター・ソフトは随分出回ってゐますが、

 その実力の程は最強でもアマの1級~初段くらゐと云はれ

 てきました。ところが、最善より 確率を重視したモンテカ

 ルロ法を採用した囲碁プログラム「Zen]が開発され、

 様相は一変しました。

 

〇 昨年「Zen」を搭載した囲碁ソフト『天頂の囲碁』が発

 売されました。その発売記念として対局したプロ棋士王銘琬

 九段は、その実力をアマの3、4段と云ってゐます。将来こ

 の様なソフトがプロ並みの実力を備へるやうになるかは未知

 数ですが、有段者が囲碁ソフトを使用して腕を磨く時代が到

 来したことは確かです。

 

〇 囲碁の局面の変化数は10の360乗、将棋は10の220乗、

 チェスは10の120乗です。因みに、チェスは1997年に

 IBMのソフトが世界チャンピオンを破りました。将棋ソフ

 トの開発メンバーは数年後には名人や竜王に勝ちたいと意気

 込んでゐます。さて、囲碁は?

 

・(この記事は、小生が発行する本日付け“囲碁クラブだより”

 より転載したものです。)

 

                      をはり

 

 

2010年9月14日 (火)

聖の豊かな表情

Photo_4

 

 マイフォト≪聖の青春≫のアルバム表紙(写真)を更新

 しました。前週の、散髪後にコーヒーを飲んでゐるニコ

 ニコご機嫌の表情もいいですが、京都・詩仙堂で本をみ

 てゐる一瞬の気難しい表情も魅力があります。体調や、

 その時々の心のあり方により微妙に表情の変化があり、

 人を惹きつけて已みません。

 

                     をはり

 

 

2010年9月11日 (土)

マイフォト≪聖の青春≫模様替え

Photo_5

 

〇 左欄一番上にある「マイフォト」の≪聖の青春≫を

 整備しました。(ぜひ、覗いてみて下さい。小さい

 写真をクリックするとアルバムに入れます)

 

  1.アルバムの表紙を作りました。

   表紙の写真は、今後、一週間毎に更新します。

 

  2.アルバムの中の写真を数枚増やし、

   写真の順番を入れ替へしました。

 

                   をはり

 

 

                                              

 

 

 

   

2010年9月 2日 (木)

初代若乃花 賛歌。 もう こんな 凄い力士は出ない!

 

〇 9月1日大相撲第45代横綱初代若乃花逝去。82歳。

 

〇 写真下:新横綱若乃花(太刀持 琴ヶ浜)華やかな栃若時代

      の二人。 Photo

Photo_2

 

〇 若乃花くらいその相撲振りを多彩に表現された力士が居た

 だらうか。

  曰“土俵の鬼” 曰“異能力士”、曰“かかとに目がある” 

 曰“ 足の裏に目がある” 、曰“ 仏壇返しの荒技” 曰“二枚

 腰”、曰 “膝に遊び(ゆるみ)がある”、

 曰“小さな大力士” ets...。

 

〇 若乃花の相撲の特徴

1.どんな大きな相手であっても頭をつけずガップリ四つに

 組む。

 (入幕78㎏,最重105㎏)

 

2.技の切れがよく、強烈。(それを、彼は“投げは八百長に

 打たない”と表現してゐる)いい加減な打ち方をせず、決ま

 らない時は自分が負ける時といふ位徹底してゐた。

  だから良く決まったし、相手は土俵にたたきつけられた。

 

3.うっちゃり腰がない。(決まり手「うっちゃり」で勝った

 ことは一度もない)

  土俵際まで寄られても左右に逃げたり うっちゃらうとし

 ない。強力な足腰で残し堂々と寄り返す。彼の両足の指は

 砂に食い込むやう鉤形に曲がってゐた。

 

4.土俵上で転がされて負けることが殆どない。(足腰が強靭

 で、投げを食はない)

 

5.相撲振りがきれい(清澄)で潔く屈託がない。立ち渋りが

 殆どなく、さわやか。

 

6.無口。自分の相撲について多くの説明・批評をしない。

 取組後、記者から訊かれても「見たとほり」と一言述べる

 のみだった。

 

〇 もう こんな 凄くて人気のある力士は出ない。

1.上述(6項目)の全てを満たす「けれん味」のない力士

 はもう出現不可能だ。

2.荒稽古で鍛へた鋼(はがね)の様な一種凄みのある体を

 持つ力士の出現はもう期待し得ないこと。若乃花の荒稽古

 は生きるか死ぬかの様な激しいもので、思はず目を背けた

 くなる位の凄みがあった。

 

3.その鋼鉄の様に鍛へた体から繰り出される絢爛・華麗な

 技に相撲ファンは酔った。

  若乃花が左四つ右上手を取ればあの容赦のない土俵にた

 たきつける様な上手投げがいつ出るか、右四つ左上手を

 れば右からの呼び戻しの荒技がいつ出るか館内は熱狂し大

 歓声と拍手の渦で騒然となった。

  こんなにも相撲ファンを興奮させる魅力を持った力士は

 もう出現不可能だ。

 

4.栃錦と並んで若乃花が昭和の名横綱と呼ばれる所以は

 なにか。

  彼以降、彼以上に数字の上での成績を残した力士は

 大鵬をはじめとして5指に余る。しかし、彼以上に館

 内を大歓声で沸かせた力士を知らない。若乃花は負け

 ない相撲を取った力士ではない。要は勝ち方の質の問

 題なのだ。彼への大歓声は鍛えに鍛えた小さな体で、

 大きな相撲を取り相撲ファンに夢を与へ続けた彼への

 オマージュだったのだ。

 

〇 すり足の芸術 
 
1.栃若時代の終焉となる昭和35年春場所千秋楽に於ける

 14戦全勝同士の対決は史上初といふことで異常な盛り上

 がりをみせた。

 

2.栃はいくつかの連続わざの中から勝利を導きだすのに

 対し、若は一発必殺に運命を賭ける。まさに“名人”と

 “異能”の最後の対決だった。もう50年以上経ってしまっ

 たが、その攻防は時に応じニュースや特集番組等で報じら

 れてきた。

 

3.ところがこの取組の一部始終が流されることはまずない。

 従って両者が攻防の合ひ間に見せる“すり足”の妙(みょう)

 に気づかれ、記憶されてゐる方は余程の見巧者だけだらう

 と思ふ。

 

4.技を極めた両者ががっぷり左四つに組んだら、そう簡単

 に業が決まるものではない。数度の攻防の末、相手の技を

 警戒して土俵中央に戻らうする両者の“すり足”がなんとも

 素晴しいのだ。土俵上の芸術にまで昇華してゐると言って

 も過言ではない。こんなに美しい“すり足”は今に至るも見

 たことがない。

 

○ 最後に、全盛時の豪快・華麗な土俵を写真でどうぞ。

      S32九州・三根山を呼び戻しの大技で破る。S32             

 

           S33秋・信夫山を豪快な上手投げで破る。S33

  

    S33秋・身長2㍍を超える巨漢大内山をすくい投げで破る。S33_2

 

〇 S35春千秋楽・史上初の横綱14戦全勝同士の決戦。

 ドーと立って左四つ。両者うわ手、した手を十分に取る。

 互ひに若の寄り身、栃の吊り身、栃土俵中央に寄り返し

 て内掛け。その後両者 技を出し合ひ、また数呼吸。長期

 戦の模様。栃錦(右)は、長引いては不利と、左差手

 抜き若乃花(左)の右上手を切りにいった。その機を逃さ

 ず、若は怒涛の寄り身で栃を白房下に寄り切った。

 

    仕切りに入る貫禄十分の両力士。

    (写真画報:栃若時代より)Photo_6
                  立ち上がった瞬間(左:栃錦、 右:若乃花)       Photo_5

 

      差し手の攻防

    (検査役は、左:元横綱双葉山、右:同 吉葉山)Photo_2

 

    栃錦(右)、差し手をぬいて若乃花のうわ手を

   切りにいく。Photo_3

 

        若乃花、その瞬間を逃さぬ怒涛の寄り身。Photo_4

 

                                   をはり

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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