≪聖の青春≫の舞台を一日ビジュアル紀行。
〇 晩秋の日曜日 午前中、約2時間かけて「将棋の故村山聖
九段」の世界に浸ってきた。終生 手放さなかった前田アパー
トも当時のまま。とぼとぼ歩いた公園も何もかも当時のまま
だった。何が変はったのだらうか。
巨大な高層ビル群が聖が嘗て住んでゐた世界をとり囲んで
しまったこと位か。
以下、歩き回って撮った10余枚の拙い写真をご笑覧あれ。
なほ、短い紀行(旅)の終はりに 昼食は 例の福島食堂で認
めた。
〇 大阪のJR環状線福島駅のホームよりなにわ筋の北方向を
見る。関西将棋会館は北へ200mほどの右側にある。
〇 関西将棋会館へ入る。二階の道場は将来のプロ棋士を夢
みる子供達や付添ひの父母がいっぱい。三階の棋士室は無
人だった。一階の将棋グッズ売店には、有名棋士揮毫の扇
子も飾られてゐた。(写真下2葉)
〇 “ 大 局 観 ” 九段 村山 聖
“ 馬 ” ? 坂田 三吉
〇 シンフォニーホール前の並木道。 前田アパートに帰る道。
〇 上福島北公園南側の舗道。 聖は此処をゆっくりと とぼ
〇 行き帰りの途中にある金蘭女子中・高校。 この前を
歩くのが聖は大の苦手だった。すれ違ふ多くの女の子と
目を合はせないやうに首をすくめながら通りすぎた。
16歳の村山には、女の子の存在自体が何だか恥づか
しくて仕方なかったのだ。
〇 金蘭女子中・高校の辻向ひにある福島食堂。
後年、村山は尊敬する羽生善治を此処へ連れてきて、
〇 前田アパートの東側にある浦江公園。紅葉が美しい。
〇 前田アパート(二階の真ん中が聖の部屋)。一階のシャ
ッターが閉まってゐるのが三谷工業(日曜日で休み)。
この会社のおじさんには よくお世話になった。
〇 路地を入った所にある前田アパートの入り口。二階の部屋
から 急な階段を下り、この入り口を出たところでよく動け
なくなり 三谷工業のおじさんに助けてもらった。
〇 八坂神社(浦江公園の傍にある。)
〇 子宝延命地蔵尊(浦江公園の傍にある。) 寛政年間
(210年以上前)より鎮座する由緒あるお地蔵さん。
〇 シンフォニーホール
〇 ライラックマンション
(聖が研究用に借りてゐた。)後年、阪神淡路大地震で
被災した森師匠夫妻が一時借りてゐたことがある。
〇 森師匠の独身時代の住まひ(市山ハイツから転居)
・大淀ハイツ。 聖は前田アパートに風呂がないため、
洗髪をさせてもらったりした。
〇 ビバ 大淀 (買い物市場) 大淀ハイツと
前田アパートとの間にある。 よく利用した。
〇 また,JR環状線福島駅まで帰ってきた。ガード下に
ある「更科食堂」。日曜日で休みだった。
仕方なく、この写真は宣伝用ポスターで間に合わせる
こととなった。
≪聖の青春≫の舞台を一日ビジュアル紀行。
をはり
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