« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »
〇 写真は無邪気に「アッカンベー」をする聖。しかし、この頃
には病魔は確実に忍び寄ってゐた。
「昭和49年6月、
4歳の終はり頃の
ことです。激しい
高熱と足の痺れを
訴へましたので解
熱剤を飲ませて寝
かせました。近所
のお医者さんの話
では まあ風邪だら
うといふことで、元気
な子だったので 皆
油断してゐたんです。
〇 風邪は一向によくならず、だんだん顔にむくみが出てき
ました。これは何かおかしいと思ひ、その時初めて広島市
民病院へ連れて行ったのです。最初に熱を出した日から一
ヶ月が過ぎてゐました。
〇 病院の先生に ネフローゼ と病名を初めて聞かされま
した。
「その時先生に“お母さん、これは大変ですよ。大変な
病気にさせちゃったですね ”と言はれたのですが、その
“させちゃった”といふ言葉が、それ以来ずーと頭から離
れたことはありません。」
〇 最初の入院は、5歳になった翌月の7月から12月
まで約5ヶ月間に及んだ。そして、それ以来、ネフロ
ーゼが聖とその家族に長い長い苦難の道を歩ませるこ
ととなる。
母トミ子の話は、「将棋世界」’99年3月号 村山 聖の想い出
より抄出。
をはり
☆ 尚、今日(2月10日)は、この時より約8年ののち
に聖が運命的な出会ひをし、聖のその後の長い将棋人生
に大きな影響を与へ続けた聖の師匠森信雄七段59歳の
誕生日なのです。
モリノブさん おめでとう! 弥 吉 拝
・
・
最近のコメント