故村山 聖九段・幼少時代 (その3)
〇 写真は無邪気に「アッカンベー」をする聖。しかし、この頃
には病魔は確実に忍び寄ってゐた。
「昭和49年6月、
4歳の終はり頃の
ことです。激しい
高熱と足の痺れを
訴へましたので解
熱剤を飲ませて寝
かせました。近所
のお医者さんの話
では まあ風邪だら
うといふことで、元気
な子だったので 皆
油断してゐたんです。
〇 風邪は一向によくならず、だんだん顔にむくみが出てき
ました。これは何かおかしいと思ひ、その時初めて広島市
民病院へ連れて行ったのです。最初に熱を出した日から一
ヶ月が過ぎてゐました。
〇 病院の先生に ネフローゼ と病名を初めて聞かされま
した。
「その時先生に“お母さん、これは大変ですよ。大変な
病気にさせちゃったですね ”と言はれたのですが、その
“させちゃった”といふ言葉が、それ以来ずーと頭から離
れたことはありません。」
〇 最初の入院は、5歳になった翌月の7月から12月
まで約5ヶ月間に及んだ。そして、それ以来、ネフロ
ーゼが聖とその家族に長い長い苦難の道を歩ませるこ
ととなる。
母トミ子の話は、「将棋世界」’99年3月号 村山 聖の想い出
より抄出。
をはり
☆ 尚、今日(2月10日)は、この時より約8年ののち
に聖が運命的な出会ひをし、聖のその後の長い将棋人生
に大きな影響を与へ続けた聖の師匠森信雄七段59歳の
誕生日なのです。
モリノブさん おめでとう! 弥 吉 拝
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こんにちは。
迫りくる病魔と、結びつけるのがとてもできないような、子供らしい楽しそうなお写真ですね。
お母様のお話と合わせて読むと・・・なんだかお母様のお気持ちに触れるようで
深い愛情と切なさを感じました。
私がブログを書いている世界は、病気や不幸な出来事を、受けざるを得ないサダメ・・・のように、当たり前に語る方が多いですが
改めて、それは違うと感じます。
村山さんは、それをとても深く感じ取っていらっしゃったと思わせるお言葉を
とても多く遺していらっしゃいますよね。
どの子ども時代のお写真を拝見しても、純粋でやんちゃで生き生きとして、ほんとうに子供らしく
ご家族の皆様が、どんなに愛しく思っていらっしゃるか。
他人の私でも、思わずほっぺをつつきたくなります。
心の元気の出るお写真拝見できて、嬉しかったです。
ありがとうございました。
投稿: とりのうた | 2011年2月11日 (金) 03時49分