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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。

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  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2012年3月の投稿

2012年3月10日 (土)

東日本大震災から1年。

 

〇 東日本大震災から、明日で1年が経つ。

  世界的な金融危機、国内の財政難、政治の不安定個人

 主義の行き過ぎ..など将来への閉塞感の漂ふ中で起こっ

 た大災害だった。

 

〇 大災害から1年。過剰な個人情報保護の見直しの機運が

 出てきた。匿名化が進んだ日本の社会に、個人情報をオー

 プンにして他者と緩やかに繋がってゆくといふ機運が出て

 きたのだ。

  他人との「絆」を大切にしやうといふ意識が強まってきた。

 学校の名簿から消えた電話番号の復活、自治会(町内会)

 名簿の復活なども検討されてゆけば良いのだが..。

 

〇 小生、ツイッターで呟くのを止めてから、もうすぐ1年

 になる。ツイッターは匿名の相手に 時々の感情を吐露する

 場なのだが、その空しさを痛切に感じるやうになってきた

 のだ。(尤も、小生はツイッターでもブログでも顔写真

 つきの実名で、オープンにしてゐるのだが..)

 

〇 実名で登録するフェイスブック(SNS)の利用者が急増

 してゐる。個人主義の方が居心地の良かった若い人達でも、

 情報を隠すより 開示することのメリットを感じるやうになっ

 てきてゐるのだ。( SNS=ソーシャル・ネットワーキング・

 サービスの略。日本ではミクシィが有名)

 

〇 震災後の避難所で、年寄りの「これからどうなるんだらう」

 との呟きに対して、隣にゐた高校生ぐらゐの男の子が「大丈

 夫、大人になったら僕らが元へ戻します」とやさしく背中を

 さすって言った。

 

〇 若い人達の力で、日本は少しづつ新しい未来のみえる方向

 へ変身してゆく兆しが処々に見られるのは頼もしいことだ。

 

              弥吉の独り言。 をはり

 

 

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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