村山聖の面影を求めて。
〇 11月18日(日)、今年も村山聖に逢ふため大阪市内へ
出てきた。大阪市内へ電車で足を踏み入れるのは今年始め
てだ。
近鉄阿倍野橋駅からJR環状線に乗り換へる時、建築中の
「あべのハルカス」(高さ300m)が青空に聳え、きらきら
と光ってゐた。(写真下)
以下、全て写真の上でクリックすると拡大します。![]()
〇 JR環状線福島駅へは午前9時半に着いた。早速、誰も
居ないホームの東端で、なにわ筋の北側を撮影。写真の中程
やゝ右上に関西将棋会館の茶色いビルが細長く見える。
改札口を通り南側の通りに出ると向かひに喫茶「ケニヤ」
がある。 なにわ筋に出ると見えるのがガード下の食堂街
写真下:昭和57年晩秋、この喫茶店で森師匠は「今年の
奨励会は諦め、我慢するやう、広島の村山父子に電話
した。
写真下:村山聖ファンの聖地「更科食堂」はここにあるの
だが、日曜日でシャッターが閉まってゐる。
○ なにわ筋を北へ歩くと すぐに関西将棋会館がある。
2階の道場使用は午前10時からのため、10人位
の人が1階受付の前で待ってゐた。売店もまだ閉ま
写真下:北側の通りから見た会館。2階の窓には、関西
将棋会館道場と大書してある。昭和57年初秋、ここ
で聖は森師匠と運命的に出合ったのだった。
村山聖 13歳、 森信雄 30歳だった。
〇 関西将棋会館から東北に裏通りを少し歩くと、福島
6丁目から来る広い通りに出た。その通りを北へ渡り
裏通りを2~3分歩くと「市山ハイツ」跡に着いた。
ここはもう2度もビルが建て替へられ、周りもビルが
多くなって、聖が森師匠と内弟子生活を始めた当時の
面影は希薄になってきてゐるやうだ。
写真下は、「市山ハイツ」への途、渡る長い歩道橋
より見た福島6丁目交差点方面。
写真下:「市山ハイツ」の跡地に建ってゐる2度目の
〇 すっかりビル化した周りを歩いてみると、昔ながらの
〇 市山ハイツ跡から北へ少し歩き、大淀南公園に出た。
ここは、内弟子となった聖が遠くの中学へ通学するため、
自転車に乗る練習をしたところなのだ。すっかりビルに
囲まれ狭く感じられる。
写真下:大淀南公園から、なにわ筋を挟んで西側にある
大淀中学校。学区外ながら、市山ハイツから至近距離に
あり養護学級があるため、事情を話して転校した。
〇 大淀中学校から西北へ少し歩くと広い通り あみだ池筋
に出る。この通りを渡り、少し横丁へ入った所に森師匠
が次に移り住んだ「大淀ハイツ」があり、少し南の横丁
にはよく買ひ物をしたSM「ビバ大淀」があった。
聖はトボトボ歩いて来て、この師匠の住まひ「大淀
〇 あみだ池筋を少し南へ歩くと、大淀南交番前交差点
に出る。この南西側角に交番がある(写真下)。
前田アパートから追ひ出された聖の母トミコが一晩
泊めてもらったのが此処だ。この交番の西側には野球
のグランドやテニスコートがあり、浦江公園へと続く
緑の多いところだ。もう落ち葉で一杯だった。
浦江公園の西側の道の向かひに「前田アパート」
交番の西側にある浦江公園。常緑樹の一角。
浦江公園。紅葉と落ち葉。聖はこんな美しい風景を
どのやうに心に刻んだのか。将棋が生活の全てであった
村山には、季節の移り変はりは心に映らなかったか。
写真下:浦江公園から見える「前田アパート」。1階の
「三谷工業」は日曜日で休み、シャッターが閉まって
ゐる。聖は2階真ん中の白いカーテンの部屋を終生
借り通した。
聖は体調を崩すと、暗いこの部屋の蒲団の中で眼を
閉じ、ジーとして回復を待った。
北隣の木工所?のご主人に聞いてみると、今はこの
アパ-トには誰も住んでゐない由。時折、このアパート
を捜して見に来る女性などがゐる由。小生もここへ来る
たび、もう取毀されてゐないか気が気でない。
村山聖ファンを糾合して「前田アパート」の保存運動
を起こしたい位
〇 前田アパートから関西将棋会館へ通う道は、すっかり
ビルに囲まれて聖が見慣れた風景が少なくなった。
写真下は、前田アパートから浦江公園の南側をぬけ
金蘭女子中高校前へ出る途中の風景。中央にシティタワー
西梅田の高層ビル、左が金蘭女子中高校。
写真下:金蘭女子中高校の正門手前より見る福島7丁目
北交差点。左の金蘭女子中高は明治38年の創立で 今年
で107年目、新校舎に建替へて7年目の由(校門で出会
った先生の話)。
聖が恥ずかしさうに女子生徒とすれ違ってゐた頃は、
しっとりと周りと調和したレトロ調の校舎だった由
(村山聖ファンで将棋勉強中の あやさんのブログより)。
中央に見えるドーム風のビルは何とお寺。右側の高い
〇 大きな交差点の角にある「福島食堂」。ここで村山は、
敬愛する羽生さんと食事を共にしながら、談笑したこと
〇 ドーム風のお寺(ビル)の北側の横丁に、聖が将棋研究や
書籍保管用に借りていた「ライラックマンション」がある。
阪神淡路大震災で被災した森師匠夫妻が一時住まひとして
ゐた所でもある。その直ぐ東側に「シンフォニーホール」と
上福島北公園がある。
〇 写真下:シンフォニーホール側から見た上福島北公園内
の並木道。
聖が、「弥吉さん、今年もよく来てくれましたね」と言
って現れさうな幻覚に捉はれる。
〇 時に午前11時半。ここで、今年の村山聖の面影を求める
2時間余にわたる紀行を終へることとした。 少し疲れた。
弥 吉
をはり
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