聖の青春・村山聖の足跡を求めて 再び。
○ 11月17日(日)、今年も又、村山聖の面影を求めて大阪市内へ出てきた。電車の乗り換え時、JR天王寺駅で見た、来年3月オープンする「あべのハルカス」の偉容(高さ300m)が眩しかった。
○ JR環状線福島駅のホームから見た、なにわ筋南北の風景。
北側:中央に村山の根城だったこげ茶色の関西将棋会館が見える。
○ ガード下の1番街にある村山がよく利用した「更科食堂」は休日でシャッターが下りていた。
○ 今日は、福島駅の北側を西に伸びる聖天通り商店街に足を向けた。飲み屋、雀荘などもあり、森師匠や村山もよく通った所だった。
皆から「聖天さん」と呼ばれ、親しまれているが、歓喜天をお祀りしていて、お祈りすれば、富を与えて、男女仲睦まじくなり、子宝に恵まれるとか。境内は奥へ広く、朝早いのに参拝者がチラホラ見えた。
○ 聖天さんから、北へ阪神高速道とJR東海道線のガードをくぐって少し歩くと、広い道路に出て、向かいに金蘭女子中高校が見えた。
写真下:左が金蘭女子中高校、右に見えるのはお寺の建物。村山は、前田アパート からの行き帰りに、同年輩の女子高生と顔を合わせるのが恥ずかしく、下を向いて歩いた。「聖の青春」より
写真下:金蘭女子中高校のある福島7丁目北交差点辻向かいに村山が羽生さんと歓談した福島食堂があった。ビルが取り毀され、跡地には、現在コンビニが盛業中。
○ 前田アパートと浦江公園。金蘭女子中高校の北側に浦江公園があり、その西側に村山ファンにとっての聖地「前田アパート」がある。
写真下:広い浦江公園。常緑樹の幹は太く、市民憩いの場である。
写真下:公園の隅にあるベンチ。村山の母が一夜を過ごそうとしたのもこんな所だった。
写真下:村山の母が泊めてもらった大淀南交番の北側すぐの所にある八阪神社。森師匠の住まい大淀ハイツへ行く途にある。
写真下:八阪神社の近くにある梱包材料屋。村山が東京へ引越す時、荷物を梱包する段ボール箱をここで買った。
○ 上福島北公園とシンフォニーホール前の並木道。
写真下:村山が前田アパートからの行き帰り、トボトボと歩いた道。
写真下:シンフォニーホール前の並木道。
○ 村山は、体調の良い時、梅田方面へ漫画本や推理本を探しに遠出した。また、棋士仲間や奨励会の友人達と大阪駅の東側にある阪急東通りの飲み屋街にまで足を伸ばした。
写真下:環状線福島駅から、梅田方面への道。15年余の歳月がこのように高層ビルが林立する風景に変えてしまった。
写真下:阪急東通り商店街。横丁へ入れば、原色のネオンが輝く飲み屋街もある。
年齢制限で奨励会を退会する親友加藤昌彦との1件も横丁の飲み屋街であった。
無二の親友が去っていく心の淋しさと悔しさに村山は耐えられなかったのだ。
○ 今年は、村山が日常行動していたトライアングル福島界隈から、脱線
して遠くまできてしまった。随分歩いて少々疲れた。
最後に、途中で立ち寄った関西将棋会館の1階に飾ってあった将棋の駒を写真でどうぞ。
おわり。
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