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2014年10月29日 (水)

奈良・東大寺境内を散策。

 

 

○ 毎年のこと乍、正倉院展鑑賞の前に東大寺境内

 を散策した。まず、何はともあれ、屋根葺き替へ

 工事が終はり、約3年振りにその外構が公開され

 た正倉院 正倉へ。               

 

         平成26年2月9日見学時。(素屋根取り外し前)Photo
           撮影:平成26年10月28日現在。20141028_00220141028_012

 

 

○ 写真下は、建物東側の屋根。今回、葺き替へられた瓦

 の状況がくっきりと分かる。20141028_00336           屋根瓦配置図。写真の上でクリックすれば拡大する。

 

 

 

○ 正倉院の南方には、木の間越しに大仏殿が見え

 紅葉が美しい。

2014102820141028_015

 

 

○  次に、正倉院の西側にある「転害門」 を見に

 行った。20141028_016

 

 この門は、平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦ひ

(1567年)にも焼け残った寺内でも数少ない建物で、天平

時代の伽藍建築を想像できる唯一の遺構とのこと。

 

       写真下:三間一戸八脚門を支へる南西隅角の柱。 20141028_018
   

 

○ 次は、車で移動して、法華堂(三月堂)の不空羂索

 観音立像を見に行った。昨年12月16日以来だ。

  来客が少なく、静かに対座できた。

 

           西日に映える法華堂(上)と二月堂(下)20141028_01920141028_020

 

                          鐘楼20141028_022

 

         中門前の鏡池。紅葉が映え、美しい。20141028_025

 

○ 大仏殿の前に下りてきた。正面から大仏殿を

 覗くと修学旅行生や、外人客で一杯。一時激減

 した中国人客も戻ってきたやうだ。        

 

20141028_024

 

       南大門前も観光客でごった返してゐた。阿形像は工事中。20141028_034
             珍しく 鹿が1頭、吽形像の前にゐた。20141028_032

 

○ 南大門前の土産物店はどこも賑はってゐた。大仏

 饅頭を買った。

  午後4時を過ぎた。そろそろ、奈良国立博物館

 (正倉院展)へ行かう。

 

                    をはり

 

 

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