唐招提寺に憩ふ。
○ 平成27年10月26日、正倉院展に行く途(みち)、奈良・西ノ京の
唐招提寺を訪れた。
左:千手観音立像 中央:本尊盧舎那仏坐像、 右:薬師如来立像、
○ 唐招提寺は、唐の高僧・鑑真大和上により759年に創建された。
当寺には、唐で出家し高僧となった鑑真が苦難を乗り越えて来日し、
多くの日本人僧に戒律を伝へた後、亡くなるまでの場面を描いた
「東征伝絵巻」(鎌倉時代作)が奉納されてゐる。絵巻は、全5巻・
83㍍に及ぶため、劣化を虞れて、これまで公開の機会が少なかった。
○ この度、専用のスキャナーで撮影し、高精細な画像にしたデジタル
絵巻が完成し、これを機に、大型スクリーンに映し出して(音声説明付)
一般公開された(11/3迄)。
当時の航海は極めて難しく、五度の失敗を重ね、盲目の身となり
六度目の航海で遂に来朝を果した。
○ 鑑真和上(688~763年)は日本からの熱心な招きに応じ、苦節
10年目の753年12月、六度目の航海でやっと来日を果した。その後
朝廷から仏教行政の最高指導者“大僧都”に任命されて仏教界の風紀
の改善などに多大なる貢献をした。
○ 五年間、東大寺で過ごした鑑真和上は、大和上の称号を賜はったが
大僧都を解任され、西ノ京の旧宅地を宛がはれた。鑑真和上は、朝廷に
体よく利用されたやうな気がしなくもない。
○ 鑑真大和上は、西ノ京の地に戒律の専修道場を創建(のちの
唐招提寺)。また、社会福祉施設・悲田院を設立し、貧民の救済にも
取り組んだ。そして来日から10年余、763年5月に異国の私寺で
永遠の眠りについた。
数奇な運命に弄ばれながらも、仏教の為に常に前向きに生き、万民に
慕はれた聖者が1250年前 此処に居た。
をはり
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