故村山聖九段の写真 ③ (発病 と 将棋との出会い)
○ 村山さんは、3歳になった初夏高熱に見舞われて以来、屡、発熱を
繰り返した。2年後、5歳になった初夏、面相の変わった村山さんを診
て、広島市民病院は病名「腎ネフローゼ」を告げた。
両親の苦渋と悔悟は如何許りだったか。直ちに入院することと
なる。(5ヶ月間)
≪入院前後の写真≫
写真下: 幼時、眠る前に母が読み聞かせる哀しい童話に、母と一緒になって
泣き出してしまう心優しい子だった。
と駒を買ってきてくれて、父より将棋というゲームを教わる。
≪ベッドの上で父と将棋をする≫
≪初めて母から古本屋で買ってきてもらった将棋の本≫
スピード上達法「将棋は歩から」 八段加藤治郎著(初刊はS23年)
○ ’77年6月、国立 原療養学校(現・廿日市市)へ転校。(小学2年)
’77年(S52年) 秋、初めて月刊誌「将棋世界」を読み始める。
≪「将棋世界」S52.9~12月号≫
≪’78年(S53年)5月16日の 日記≫ 小学3年生
毎日、将棋の勉強を6~7時間続けていることが判る。
つづく
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