マイフォト≪聖の闘魂≫   ↑ここをクリックして下さい

  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。

マイフォト≪因島紀行≫ 

  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
無料ブログはココログ

« 故村山聖九段の写真 ⑭ (永遠の別れ) | トップページ | 二上山の朝焼け »

2018年9月 3日 (月)

二上山の日の出。




○ 二上山は、古来、遠つ飛鳥人
(とおつあすかびと)からは、西方にある

 雄岳・雌岳の間に日が沈む様子から神聖な山岳として崇められてきた。

         
写真下:大和・飛鳥側から見た二上山に沈む夕陽。

20091010_1725_2




○ 大阪・南河内の近つ飛鳥人(ちかつあすかびと)から見れば、東方に

 ある 二上山は、
朝陽の昇る希望に満ちた眺め の山である。

  早秋に見られる朝焼け
の二上山は、数分間に過ぎないが実に美しく

 来るべき今日一日
の幸せを胸一杯に感じさせてくれる。

         写真下:大阪・南河内(太子町)から眺める日の出前の鮮やかな朝焼け。

H24106_0552


○ 南河内・太子町の拙宅からは、年2回(4、9月の各上旬)、二上山の

 馬の背(雄岳と雌岳の間)から太陽が昇る。ところが、中々、雲のない

 青天の朝には巡り会えない。本年は、今日 9月3日朝6時過ぎから、


 まったく雲が消えて青天となった。庭掃除をしていて気づき、

 カメラを持ち出したが、少し遅きに失し、うまく撮れていない。


 
 写真下:日の出直後の二上山。2018年9月3日 06:09

2018903_0609


       残念                             

≪追記≫ 2018年9月9日 05:32 日の出前の朝焼け。

H30909_05_2

                                        おわり。



« 故村山聖九段の写真 ⑭ (永遠の別れ) | トップページ | 二上山の朝焼け »

二上山あれこれ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 二上山の日の出。:

« 故村山聖九段の写真 ⑭ (永遠の別れ) | トップページ | 二上山の朝焼け »

マイフォト≪聖の青春≫   ↑ここをクリックして下さい

  • 140 シンフォニーホール前の並木道
    故村山聖九段のアルバム (表紙)   ↓ アルバムへ入る をクリックして下さい。