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  • 650 NHK杯 最後の雄姿。
     村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」    聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。

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  • 050 地酒「本因坊秀策」
    碁聖 本因坊秀策の生誕地を訪ねて  アルバム(表紙)      上の写真は、村上水軍城
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2020年9月の投稿

2020年9月 7日 (月)

史上初の全面解体修理を終えた薬師寺東塔を見る。

令和2年9月7日(月)

 

〇 平成21年より始まった薬師寺東塔の解体修理は約10年を経て、

 昨年末に本体の大修理が完了した。本年4月下旬に行なわれる筈

 だった国宝東塔大修理落慶法要は、思いも由らぬ「コロナ禍」の為、

 延期されている。


〇 7年前(平成25年11月)に、塔上に聳える金属の装飾「相輪」を

 含め、「水煙」が地上に下ろされ、公開された。青銅製の2㍍近い

 「水煙」の傷みは厳しかったが、1300年前の職人の芸術・技巧に

 圧倒され、昨日観たような新鮮な感動の記憶が蘇る。


〇 昨日(9月6日)、所用の帰り、薬師寺境内を拝観した。以下は、

 大修理なった東塔を中心とした境内建物を撮ったものであるが、

 写真の巧拙を見ず、金堂を中心に東西両塔、講堂、回廊などの

 たたずまい(白鳳伽藍の美しさ)をご覧頂きたい。

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写真下:解体修理なった東塔。”凍れる音楽”の愛称で呼ばれる。

20200906-121103


写真下:東塔の塔上にある「相輪」、水煙を含め高さ約10㍍、重さ約3トン
                 (但し解体前の数字)

Img_20200906_121433

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写真下2枚:昭和56年4月、453年ぶりに復興再建された華麗な西塔。

Img_20200906_121625

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写真下:金堂。裳階(もこし)をつけた美しいお堂で、龍宮造りと呼ばれて
 いる。堂内には、薬師三尊像(薬師如来、日光菩薩、月光菩薩)を安置。

Img_20200906_120949


写真下:大講堂。正面41㍍、奥行20㍍、高さ17㍍ある伽藍最大の
    建造物。
堂内には、本尊として彌勒三尊像を安置。

Img_20200906_122505


写真下:左より東塔、金堂、西塔(相輪、水煙のみ)、大講堂。

Img_20200906_123515-1

 

                      おわり

 

 

 

大東亜戦争戦死者への慰霊。

令和2年9月7日(月)

 

〇 小生(82才)の叔父(大正11年1月生まれ)は、昭和19年7月ビルマ

 で戦死した。満22才だった。丹波の山奥にある尋常小学校高等科2年

 卒業後、大手製糸会社尼崎工場で6年余勤務。赤紙が来たのは昭和

 17年12月、20才。働き盛りの青年だった。

 

〇 その叔父達戦没者の慰霊碑が京都・霊山観音にあることを知り、昨日

 (9月6日)、初めて霊前にお参りをさせてもらった。


写真下:京都・東山の麓にある霊山観音・本院

20200906-101639


写真下:歩兵60連隊の慰霊碑 「千歳輝」  昭和42年4月建立。

P11306341

〇 叔父が戦死したのは、小生が6才になる1ヶ月前。殆ど生活の記憶は

 残っていないのだが、カメラを持っていた彼が生前撮ってくれたスナップ

 写真、月刊雑誌、書籍、レコード類(歌謡曲、浪曲ほか)が大量に残って

 いたのだ。

〇 小生は幼年時から小学校時代に、これを徹底的に読み、観、聴きした

 ので、かなり ませた(大人びた)子供に成長してしていったのだ。


〇 小生がその後の人生において、学校では習わない諸々の知識・教養

 を豊富に持ち得たのは、幼年時に得た知識が嚆矢となっているのだ。


〇 叔父の実母(小生の祖母)は、彼の戦死を信じなかった。戦後、戦没者

 慰霊祭には参加しなかった。昭和42年4月に死去するまで、毎年の慰霊

 祭開催通知は(弁当引換券と共に)タンスの奥に終われた儘だった。後年

 (20年程前)、タンスにそれを見て、小生は祖母の思いに涙を禁じ得なか

 った。


〇 亡き叔父は、初めて、自分の血の通った甥にお参りしてもらい、喜んで

 くれただろうか。小生は、叔父へ感謝の念を伝え得て気が休まった。

                          

                           おわり   

 

 

 

2020年9月 4日 (金)

二上山の日の出。

令和2年9月4日

 

〇 8月の炎暑が漸く過ぎ、台風9、10号が九州の西方を通り過ぎようと

 している。夜になると涼風が秋の気配を感じさせてくれる。

 

〇 今日(4日)は4月上旬と共に年に2回、二上山の馬の背の真ん中から

 お日様が昇って来る日だ。

 

写真下:午前6時6分49秒 於・拙宅庭

R20904-060649

写真下:午前6時8分24秒 於・同上 

R20904-060824


〇 写真を撮った30分後には、台風到来の影響で雨降りとなった。

 

〇 尚、一昨日(2日)は、田舎に出張して稲田の畔の草刈りをした。

 昨日(3日)は、好天に恵まれ、2反歩の稲刈りが完了した。

  刈り取りにご協力頂いた地元営農組合の皆様に感謝。

 

                          おわり  

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  • 140 シンフォニーホール前の並木道
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