広島に帰った聖の心に一つの漠然とした思いが募り、それは日を追うごとに大きくなっていった。 「プロになりたい」 「大阪に行って、奨励会に入りそしてプロになる」 聖は反対する大人を説得した。「谷川を倒すには、いま、今 行くしかないんじゃ」 聖の純粋な叫びだった。

 昭和57年(’82年)の初秋、聖は母トミコに連れられて大阪の森を訪ねる。大阪の関西将棋会館道場で、聖と森ははじめて対面した。「あのなあ」と森はやさしい声で言った。「靴下を履かんとあかんぞ」 それが森と聖のはじめての会話だった。 森は一目で聖を弟子にすることにした。  聖との運命的な出会いだった。

 昭和57年11月に大阪で聖は森門下として念願の奨励会試験に挑んだ。5級で受け、5勝1敗という文句なしの好成績をあげた。ところが入門にかかわる将棋界の煩わしいしがらみにより、入会を見合わされたのだった。「大人は嫌いじゃ」 それは魂を揺るがすような切ない叫びだった。 

 昭和58年秋、村山は森に連れられて東京の将棋会館へ行った。待望の奨励会試験の日がやってきたのだ。村山は5級で受け、5勝1敗の文句なしの好成績をあげた。

 5級で合格。森信雄門下として、入会を許されたのである。「合格や」森は村山に告げた。
「はあ」とだけ言って村山はペコリと森に向かって頭を下げた。しかし、にこりともしなかった。

 この1年の悔しさや、ライバルたちに後れをとったという焦りが胸の内を去来していたのかもしれない。