4歳になる年の初夏、ネフローゼという病魔が忍び寄っていた。翌年の7月、広島市民病院小児科の若い医師は、母トミコに「ネフローゼです」と告げた。昭和49年7月19日、聖は緊急入院することになる。容態はかなり重くわずかな予断も許さなかった。