村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」 聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
平成5年1月13、14日 第42期王将戦七番勝負第1局(於・伊東市 伊東温泉「ひまわり苑」)。相手は谷川浩司王将。幼き日、将棋を知ってから常に目標にしてきた人に 漸くタイトル戦でめぐり合えた。群雄割拠の王将リーグを勝ち抜き、しかもプレーオフ2局(羽生、米長戦)を制しての旧臘押し迫っての挑戦権獲得には、「鬼神、これを避く」の感があった。 森師匠は正月早々、聖を連れてウメダの百貨店へ行き紋付羽織袴の和服を誂えたが、第1、2局には間に合わず洋服での対局となった。 なお、彼の左手の置き方に注目。(子供の時と変っていない=前の頁の写真)