村山聖について、彼の師匠森信雄七段は後年 彼について こう語った。「私が村山聖を好きなのは、将棋にひたむきだったことと、病気のことも含めて一切グチを言わなかったことである。無念さや切なさ、遣り切れなさ、口惜しさ..その思いをすべて黙って将棋にぶっつけていたような気がする。」 聖は幼時より腎臓に重い疾患を持っており、生きること自体が闘いであった。いつまで生きられるかという思いを心の片隅に置き、名人を目指して指す彼の将棋は その必死さ において尋常なものではなかった。
平成9年2月1日 第30回早指し選手権戦決勝戦 終盤での読み。 ライバル羽生は言う。「村山将棋の最大の特長は感覚の鋭さ、直感的センスの良さ」だと。 この棋戦の1週間後に広島へ帰った村山だったが、更に4ヵ月後の6月16日(28歳の誕生日の翌日)にはポリープのある膀胱摘出の手術をすることとなる。